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京都地方裁判所峰山支部 昭和28年(わ)31号 判決

主文

被告人を懲役二年に処する。

未決勾留日数中四〇日を右本刑に算入する。

ただし、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

領置にかかる贈与証書一通(昭和二八年領置第一一号の九)の偽造部分は、これを没収する。

訴訟費用は、証人小石原松吉(第一ないし四回)、同小石原徳定、同安達利夫、同井上源治、同小森新一、同小森啓治、同吉岡一郎(ただし、第二四回公判期日の分)に支給した分を除き、被告人の負担とする。

本件公訴事実中、詐欺の点について被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、大正一三年頃から行政書士の、併せて昭和二八年三月頃から司法書士の各資格を有し、その業務を行なつてきたものであるが、

第一、昭和二〇年八月頃、自らもその組合員として加入していた奥丹後繊維製品小売統制組合では山崎留吉が責任者となつて、各組合員からの出資金で、京都市中京区東洞院蛸薬師上るに在る松竜産業株式会社から白絹サージ等を購入したところ、右商品は当時いわゆる統制品であつたため、移動ができないまま各組合員の手許に渡ることなく、結局、第三国人に転売され、右山崎と同会社との間では代金決済も終つていたのであるが、組合員のうちには出資金の回収をめぐり、山崎らに対して不満を抱く者も出るにいたつた。そこで、被告人は、多少右出資金の回収をはかるため、この際、右取引の衝に当つた松竜産業株式会社の常務取締役室田章蔵から右商品の取引が物価統制令違反のいわゆる闇取引であることに藉口して金員を喝取しようと企て、知り合いの新聞記者と称する早見辰二郎と共謀の上、同人とともに、昭和二三年四月中、同市中京区西洞院通御池下る三坊西洞院町五五二番地の室田章蔵方自宅において、同人に対し、「金を返してくれ、出さないと闇取引のことで松竜を警察に告訴する。」等と申向け、もし相当額の金員を提供しないと警察に密告しかねまじき旨暗示して脅迫し、もつて同人を畏怖させて、その頃、同人より同人方自宅で、同人振出の同年六月から一〇月まで各月の末日を支払期日とする各金額一〇万円の約束手形五通(金額合計五〇万円)を交付させてこれを喝取した

第二、有限責任網野町字網野住宅組合は、住宅組合法(大正一〇年四月一二日法律六六号)にもとづき住宅の建設をなしこれを組合員の使用に供しその所有権を譲渡することを目的として昭和二年一二月一二日設立された法人であつて、組合員が組合から借受けた資金で建設した住宅の所有権については、一旦組合名義に保存登記をしておき、組合員が出資金として払込む金員を右借受金の支払に充当し、これが完済されたときに組合から当該組合員名義に右住宅の所有権移転登記手続をすることになつており、被告人は、昭和二六年六月一四日右組合の理事に就任し(その旨の登記は同二七年四月一二日)、組合のため組合員に対する住宅の所有権移転登記手続等の事務を担当していたものである。

ところで、別紙目録記載の住宅は、組合員田中善助が右組合からの借受金により建築し、組合の所有名義で保存登記されていたものであるが、同人は、右住宅(組合の定款上は組合員の組合に対する持分権)を、昭和一九年中吉岡一郎に譲渡し、吉岡において昭和二〇年中に田中名義の右借受金を組合に完済し、組合でもこれを知悉していたので、組合は、吉岡に対し(組合員の持分権譲渡については組合の承諾が必要とされているので、もし組合が田中から吉岡への持分権譲渡を承諾しないものであれば、田中に対し)、右住宅の所有権移転登記手続をすべき義務があつた。しかるに、右住宅は、城下ひさが田中から(田中から吉岡への譲渡後は吉岡から)賃借し、ひさの家の屋号で旅館兼料理業を経営していたのであるが、昭和二三年に、吉岡との間で右住宅を昭和二七年一一月二〇日かぎり明渡す旨の調停が成立していたので、城下は、右明渡期日の切迫とともにその明渡を免れる方途を講じ奔走中、この事情を知つた被告人および岡熊雄は、前記のように右住宅は登記簿上いまだ組合名義となつており、かつ、被告人において組合のため前記事務を担当していることを奇貨として、この際城下に加担して利益を得んことを謀り、こゝに、被告人は、城下および岡と共謀の上、城下に右明渡義務を免れさせてその利益をはかるとともに、自らも利益を得る目的で、前記任務に背き、吉岡および田中の承諾がないのに、昭和二七年九月中、組合理事安達粂蔵名義で右住宅を組合から城下に譲渡する旨の昭和二六年一〇月一〇日付譲渡証書を作成し、これを原因として昭和二七年九月一二日京都府竹野郡網野町の京都地方法務局網野出張所において、城下名義に右住宅の所有権移転登記手続を完了し、よつて、吉岡又は田中が右住宅の所有権移転登記を受けることができないようにし、これがため組合は吉岡又は田中に対して右所有権を取戻して移転登記をするか又は損害を賠償しなければならないようにし、もつて組合に財産上の損害を加えた

第三、昭和二八年五月中旬頃、河野〓有の紹介で知り合つた広瀬泰道から、同人が養子縁組先の広瀬照と不仲になり、すでに照所有の不動産の一部の贈与を受けて離縁となつたが、この際、照所有の不動産全部につき自己が贈与を受けたことにして同人名義に所有権移転登記手続ができる方策を相談されるや、利欲をはかるためこれに応じ、こゝに広瀬泰道と共謀のうえ、同年五月二五日頃、京都府竹野郡網野町字網野一〇五四番地の二九被告人方居宅において、行使の目的をもつて、照の承諾がないのに、用紙に「贈与証書」と題し、「照所有の同町大字島津小字樽田一三五四番地、田一反九畝(一八八四・二九平方米)外一六筆に及ぶ土地ならびに同町大字島津二九九九番地に在る家屋番号同所一一一番の建物を泰道に今般住宅ならびに耕作地として贈与する」旨および「昭和二八年五月 日」の日付を記し、贈与者「広瀬照」の氏名を冒書し、その名下に泰道において印判業者より買入れ持参したいわゆる三文判を押捺し、もつて広瀬照作成名義の権利義務に関する贈与証書一通(昭和二八年領置第一一号の九)を偽造した

ものである。

(証拠の標目)(省略)

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は、刑法第二四九条第一項に、同第二の所為は、同法第二四七条、罰金等臨時措置法第三条に、同第三の所為は、同法第一五九条第一項にそれぞれ該当するが、判示第二の罪の刑につき所定刑中懲役刑を選択し、以上の各罪は同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文、第一〇条により最も重い判示第一の罪の刑に法定の加重をなし(短期は判示第三の罪の刑のそれによる)、その刑期範囲内で被告人を懲役二年に処し、同法第二一条により未決勾留日数中四〇日を右本刑に算入し、なお諸般の情状に鑑み、同法第二五条第一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予することとし、領置にかかる贈与証書一通(昭和二八年領置第一一号の九)の偽造部分は、判示第三の犯行を組成した物で何人の所有にも属さないものであるから同法第一九条第一項によりこれを没収することとし、訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項本文により主文のとおりその一部を被告人の負担とする。

(一部無罪の説明)

本件詐欺の点の公訴事実は、『被告人は、自己所有の京都府竹野郡網野町大字小浜小字小橋二一四番、田一反八畝歩(内畦畔八歩)を昭和二五年一月一〇日小石原松吉に三三、〇〇〇円にて売却し、その後事実上自己が田の耕作に従事せず従つて農家として保有米を保有する権限なきに拘らず、その頃肩書自宅で右小石原に対し、「所有権移転登記するまではお前が耕作しても自分は保有米をとれるのだから出せ」と虚構の事実を申し向け、因つて、同人をしてその旨誤信せしめ、同所において、(一)昭和二五年秋頃、玄米六俵、(二)昭和二六年一一月三日、玄米二俵、(三)同年一二月三日、玄米三俵、(四)同二七年三月一日、玄米一俵、(五)同年一一月四日、玄米二俵、(六)同年一二月一二日、玄米四俵、(七)同月二六日、餅米一斗、(八)同二八年二月二六日、白米二斗を前後八回に亘り、合計玄米一八俵(七石二斗)、白米二斗、餅米一斗をそれぞれ交付せしめ、もつてこれを騙取したものである。』というにある。

なるほど、第一八回公判調書中証人小石原松吉、同井上勝治の各供述記載部分、被告人の検察官に対する昭和二八年一〇月一二日付供述調書によれば、被告人が小石原松吉に対し昭和二五年一月一〇日前記田地を売買したこと、爾来、被告人において右田地を耕作せず小石原が耕作を続けたこと、いわゆる農家保有米は、田地を自らのために耕作する者のみが産米のうちからある一定量を飯米として確保できるものであること、小石原が昭和二五年から同二八年にかけ被告人に対し前示公訴事実のとおりの玄米等を提供したことが認められる。

しかしながら、被告人が小石原から右玄米等の交付を受けたことが被告人の騙取にかかるものであるかどうかを検討するに、被告人の、小石原には被告人から賃金を支払い右田地をいわゆる請負耕作させていたにすぎないので、もともと被告人に右玄米等の受領権限があつたものである旨の弁明は、これを全面的に首肯することはできないけれども、第一八、二四および二九回各公判調書中の証人小石原松吉の供述記載部分、第一八回公判調書中証人小石原徳定、同安達利夫の各供述記載部分、第二四回公判調書中証人吉岡一郎の供述記載部分、領置にかかる売渡証書(昭和二八年領置第一一号の二一)、前掲被告人の検察官に対する供述調書を総合すれば、前記田地は被告人が自作農創設特別措置法(以下、たんに自創法という)にもとづき政府から売渡を受けて取得したものであるが、小石原の懇望により、結局、同人に売ることにしたものの、被告人としては、自創法によると、右売渡を受けた者が自作をやめた場合には政府に買い上げられることになつているので、当分、私人間で売買しても直ちにその旨の登記はできないと思い込み、右売買につき農地調整法(昭和二七年一〇月二一日以降では農地法)の規定に従い、居住地の農業委員会に届出て知事の許可を求める手続にも及ばず、これを秘し、知事の許可を得て登記手続ができるまでは被告人名義に留まつており、農業委員会もそのようにしか受けとめていないので、その間はこれまで被告人に認められていた保有米相当の産米を小石原から被告人に提供し、これに対して被告人は小石原にいわゆる公定価格で計算した金銭を支払うことの約束のもとに、小石原との間で右田地の売買契約をし、小石原も、右田地を欲していたので、この点を諒解していたこと、もつとも、小石原や右売買を仲介した小石原徳定、吉岡一郎らとしては一年位すれば登記ができるであろうし、産米の提供もその位の期間と思つていたが、昭和二六年以降も右売買につき知事に対する許可申請手続ないし登記手続をとらないまま、小石原としてもなんらの措置をとることもなく、被告人に産米を提供し、被告人からは前記算定による代価を受領し、昭和二八年までその状態が続いたこと、このようなわけで小石原としては被告人に対しとくだん欺された気持は有していないことが認められる。

してみれば、被告人と小石原との間では、もともと田地の売買自体適法な手続によらなかつたものであつて、双方とも売買後、登記のできるようになるまで右田地を耕作する小石原が被告人に金額の対価を得て産米を提供することを合意したうえ売買に及んでいるものとみられ、そのような実情が農地調整法あるいは農地法の違反であるとすることはともかく、ただ被告人が小石原を欺罔してまで右産米の交付を受けたと断定することはできない。前掲被告人の検察官に対する供述調書中、保有米を取得する権限もないのに小石原に嘘を言つて産米の提供を受けたとの趣旨部分は、前掲証拠に照らし、信憑性に乏しいといわざるをえず、被告人の当公判における欺罔の犯意はない旨の弁明をいちがいにしりぞけることはできない。

右の次第で、被告人に対する本件公訴事実中詐欺の点は、結局、被告人にその犯意ありと認めうる証拠は十分でなく犯罪の証明がないことに帰するので、刑事訴訟法第三三六条に則り無罪の言渡をすべきである。

よつて主文のとおり判決する。

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